越後与板刃物 大工道具の鉋や鑿から家庭で使う包丁、木彫り道具、氷彫刻道具まで豊富な品揃え  〜【越後与板打刃物匠会】〜

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与板打刃物の歴史

越後与板打刃物の歴史1

越後与板打刃物の起こりは遠く戦国時代にさかのぼります。
直江大和守実綱が、春日山より兼光・兼辰の流れをくむ刀剣師を与板に連れてきたのが起源と伝えられています。

徳川時代に入ってからは、牧野氏、続いて井伊氏の城下町として、また、信濃川の舟運が隆盛をきわめた河湊として与板は発展し、三輪家、山田家、新木家などの有名な豪商が台頭しました。
享保年間には、与板の打刃物は「土肥のみ」(土肥助右エ門の作)「兵部のみ」として広く天下に知れ渡っていました。

明治に入ると、竜眠斉兼行などの刀工が刀剣を造るかたわら、鉋(かんな)の製造に着手し、爾来全国に優れた大工道具を供給し続けてきたのです。

越後与板打刃物の歴史2

こうして戦国の世より四百年余を鍛えに鍛えられた与板の打刃物は、その伝統的技術と技法を守り続けて今日に引き継がれ、昭和六十一年に「伝統的工芸品産地」として国の指定を受けました。
現在も、優れた鍛接・鍛造技術と改良を加えた生産方式で、伝統打刃物の切れ味を世に問い続けています。